LOGIN『じゃあ、かけるわね』
「やめろ、百合絵!」直之の叫びなど届かない。
百合絵の指が、瑠理子のスマートフォンの画面に触れた。
『御堂直之』と、確かに自分の名前が表示されている。 百合絵が通話ボタンを押した。プルルルル――
呼び出し音が会場に響いた。
「……っ!」 直之は思わず、自分のビジネスフォンを握りしめた。 当然、鳴るわけがない。瑠理子に教え『今日のパーティーにも、自分は呼んでいないって』 まだ、百合絵は勝手に捏造した言葉を続けている。聞くに堪えなかった。「僕が呼んだ!!」『あなたが勝手に来たことで、御堂家にも迷惑がかかっているって』「言ってない!!」『もう関わりたくないって』「百合絵ええええ!!」 直之の怒声が車内を揺らした。 運転手がびくりとする。 それでも直之は止まらない。拳で座席を殴る。「一言もそんなこと言ってない!!」 直之の思いは届かない。そして瑠理子は百合絵の放った言葉に傷つき、動けなかった。『……嘘……そんな……』 百合絵が困ったように微笑んだ。『残念だけど、これが直之さんの本当の気持ちよ』「違う!!」『だって』 百合絵は自分のスマートフォンを見せた。『今、本人から電話があったでしょう?』「……っ!」 最悪だった。 先ほどまでは、百合絵の言葉だけだった。 瑠理子も、まだ疑うことができた。 でも、今は違う。 直之から百合絵へ電話がかかってきた。 その事実だけは嘘ではない。 自分が招いてしまった、最悪の結果。 しかも百合絵は、一方通行とはいえ、直之と話していた。 それを、瑠理子もその場にいる全員も見ている。
『……?』 百合絵がバッグからスマートフォンを取り出す。画面を見た瞬間、表情が変わった。『直之さん……』「出ろ!」 直之はスマートフォンを握り締めた。「出てくれ!」 百合絵がちらりと瑠理子を見る。 そして、周囲の令嬢たちにも見えるように、わざと画面を傾けた。『えっ、直之さんから?』『こんなタイミングで?』『やっぱり百合絵さんに連絡するのね』 ざわざわと声が上がる。 瑠理子も驚いた顔でスマートフォンを見つめていた。「百合絵!」 直之が叫ぶ。「早く出ろ!」 数回のコールのあと、ようやく百合絵が通話ボタンを押した。『もしもし、直之さん?』「百合絵!!」 繋がった!! 直之は身体を前へ乗り出した。「今すぐ瑠理子に代われ!」『ええ』「全部見てる! 配信も!」『そうなのね』「百合絵! 聞いてるのか!?」 妙だった。 百合絵の返事がまるで自分とはまったく別の会話をしている。『……そう』「は?」 百合絵は周囲を気にするように、わずかに声を潜めた。 しかし、令嬢たちには聞こえる程度の声で言った。『分かったわ、直之さん』「何が分かったんだ!」『やっぱり、そうだったのね』「百合
『じゃあ、かけるわね』「やめろ、百合絵!」直之の叫びなど届かない。 百合絵の指が、瑠理子のスマートフォンの画面に触れた。『御堂直之』と、確かに自分の名前が表示されている。 百合絵が通話ボタンを押した。 プルルルル―― 呼び出し音が会場に響いた。「……っ!」 直之は思わず、自分のビジネスフォンを握りしめた。 当然、鳴るわけがない。瑠理子に教えた番号は、今朝、自宅へ置いてきたプライベート用の端末だ。 今頃、誰もいない部屋でスマートフォンだけが鳴り続けている。 瑠理子が、百合絵の手にあるスマートフォンをじっと見ている。 プルルルル―― 一回 二回 三回「違うんだ……!」 直之の額に汗が滲む。「その電話はここにないんだ!」&n
「この車、反対車線に出せないか!」直之が怒鳴った。 「無理です!」 運転手も必死だった。 「中央分離帯があります。それに、この先は事故処理のため警察車両が道路を塞いでいます!」 「なら脇道は!?」 「そこへ出るまで動けません!」 「くそっ!」 直之は窓の外を見る。 どこまでも続く車列。誰も動かない。クラクションばかりが虚しく鳴っている。 普段なら、どうということもない距離なのに。 今は果てしなく遠かった。『私は知ってるわ!』 タブレットから百合絵の声が響いたので、直之は即座に画面へ視線を戻した。 『子どもの頃から、ずっと直之さんを見てきたの!』 「……」 確かに百合絵は自分の後をよくついてくる子だった。懐いてくれているのだと思っていたが―― 『直之さんが何を好きで、何が嫌いで、どんな女性が苦手なのかだって知ってる!』 「そんなの知らないだろ……」 直之の眉間に皺が寄る。 苦手な女性の話など、百合絵にした覚えはない。
「……やっぱり、君か」直之の声が低くなる。 百合絵は床に散らばった二つの宝飾品を見下ろし、悲しそうに眉を寄せた。『瑠理子ちゃん、どうして……こんなことしたの?』『してないわ! 私じゃない!』『分かったから、落ち着いて』「落ち着くのは百合絵、君だ……!」 直之が吐き捨てる。 この状況で大勢に囲まれ、ワインを浴びせられ、持ち物を勝手に漁られ、盗人扱いまでされている瑠理子を庇うこともしないなんて! 百合絵が瑠理子を陥れた犯人なら、わかる。 直之は防犯カメラのデータにアクセスした。 録画データをAIに解析させ、瑠理子のバッグに近づき、ブローチをふたつ入れた犯人をあぶり出す指示を出した。『私ね』 百合絵は瑠理子へ一歩近づいた。『あなたのこと、最後まで信じたかったのよ』『……』『この前は私も取り乱したわ。直之さんとのことを聞いて、ショックだったから』 まるで自分の方が傷つけられた被害者のような口調だった。『でも、今日は瑠理子ちゃんを受け入れようって思ったの。なのに……』 百合絵はダイヤのブローチを見る。続けて御堂家のカメオへ目を落とした。『こんなものまで盗むなんて』『盗んでない!』『まだ言うの?』 百合絵の声音が固くなった。『あなたのバッグから出てきたのよ』『誰かが入れたの!』『誰が?』『それはわからないけど、私は盗んでない! 人様のものを盗るほど落ちぶれていないわ!!』『いま、落ちぶれてるじゃない』 くすくす、と周りから失笑があがる。 すべて、ここにいる全員が海原百合絵の味方だ。「瑠理子は嵌められた側なんだぞ!」 画面の向こうでは百合絵が小さくため息を吐いた。 直之は彼女の一挙一動にいら立ちを覚えた。『瑠理子ちゃん』『……』『もう認めたら?』『何を』『全部』 百合絵の口元が僅かに歪んだ。『直之さんに選ばれ、御堂家の人間になりたかったから、偽の招待状まで作ったのね』『違う!』『ここまで勝手に来て』『私は呼ばれたの!』 百合絵は床のカメオを指差した。『それなのに、御堂家のものまで盗んだ』『違うって言ってるでしょう!』 瑠理子の声が震える。 悔しくて 怖くて それでも必死に声を張っている。 まだ、たった十八歳の少女が、悪意に晒されながらも無実を訴え素姿に、直之の胸が締めつ
しかしいくら直之がここで瑠理子を信じていても、画面の中の令嬢たちは違った。『この盗人!』『あなたのバッグから出てきたじゃない!』『最低!』『警察呼んだ方がいいんじゃない?』「やめろ……」直之の喉が震えた。 瑠理子が置かれた状況を考えると、胸が痛む。「まだ連絡はつかないのか!」 だあん、と車のドアを拳で叩く。運転手は「申しわけございませんが……」を繰り返すだけだ。 画面の中は刻一刻と進んでいる。『違うわ! 私じゃない! 私は人様のものを盗ったりしないわ!!』「わかってる!」『誰かが入れたのよ!』「ああ、そうだろう!」『信じて!』「信じる!」 画面に向かって叫んでも、会場の令嬢や瑠理子には届かない。 どれだけ答えても、瑠理子には聞こえない。 それがたまらなく悔しかった。「僕は君を信じてる!」 声を張り上げる。「だから……そんな顔するな」 瑠理子の目が少しずつ潤んでいく。 直之の胸が締めつけられた。「泣くな……」 拳を握る。「頼むから、泣くな……!」 しかし追い打ちは終わらなかった。『待って』 誰かが声を上げる。『もうひとつあるわ』「……?」 カメラが床へ向く。 ダイヤのブローチの横に、大ぶりなカメオ。「……!」 直之は息を呑んだ。 これは、御堂家が今回の慈善オークションへ提供した、アンティークの







